物理学者は物理現象のほとんど全てがわかっており解決済みであると誤解することがあるということが歴史的に知られています。
古い記憶によれば、量子力学の創始者の一人のボーアが担当教授に研究テーマの相談をしたところ、その教授は「もう全ての問題は解決され、あとは落ち穂拾いのようなものだけだろう」というようなことを言ったとのことです。
その担当教授が本当にそう思っていたかは定かではありませんが、人間それ以上進展できない困難な問題があると、いつまでも悩み続けるのも進歩がないし、それは苦痛でもあるので、何らかの理由をつけてその問題から逃れようとします。学者であれば解決済みだという根拠が怪しい結論に至るし、刑事であれば冤罪を誘発する要因になります。
一旦解決(決定)済みになっていることを蒸し返すと怒りを買うことは普通の職場でもよくあることです。怒られる理由として、そのようなことは多くの場合に堂々巡りの時間の無駄になるし、先輩達が時間をかけて行った仕事や結論を軽視することになるからです。
ガリレオが問題にした天動説も当時の学者達にとっては解決済みのことだったのでガリレオが怒りを買ったということで、天動説は宗教家の迷信なんかじゃありません。
話を現代に戻すと、重力は物理学において今も重要なテーマであるのは明らかです。
ニュートンの万有引力の法則というものがありますが、この法則は動いていない静的な重力場を扱うものです。電気力学にも同じように動いていない電場を扱う静電場の法則があります。磁場というものもありますが、磁場とは動いている電場によって生じるもので言わば動電場の法則と言えましょう。
重力の法則にも動いている重力場を扱う動重力場の法則のようなものがあって然るべきと思われますが、重力場の法則はある時点から相対性理論のような横道にそれて行ってしまって、本来あるべき動重力場の法則は構築されることなく、現在に至っています。(この理論の構築が若い頃の私のテーマであり、その理論は「重力を制御する方法」として出版。)
誤解されないように一応書いておきますが、まだ相対性理論を読んでもいなかった若い頃、普通の人であった私にとってもアインシュタインは良く知らないけれどヒーローでした。彼の伝記も読みましたし、彼の理論を応用すれば素晴らしい未来があると期待し相対性理論の高い本を買って読んだものです。アインシュタインの人間性については嫌いではありません。彼の行為に悪意があったとは思いません。彼は自分の考えが正しいと信じていたのだと思います。相対性理論が彼が尊敬するニュートンが証明した地動説を否定し、天動説を復活させる行為であったとしても、人間誰にでも誤りはあります。このような事を言うとアインシュタイン信者が血相を変えて怒ったりしますが、科学者を神格化するようなことはやめた方がいいです。ガリレオがアリストテレスを神格化していたら現代文明は生まれなかったのですから。脱線ついでに言えば、ガリレオが修正した誤りは2000年も前の知識でした。人類は2000年も間違い続けたという恐ろしい実例があるので、百年ぐらいはかわいいものかも知れません。
物理学の普通の教科書には「遠心力は見かけの力で実在の力ではない」と書かれています。重力発電機には遠心力が出てきますが、遠心力と回転重力場との相互作用がどうのと言ったところで、物理学者にとっては遠心力は実在しない力なので、それ以上の思考はストップしてしまいます。また、遠心力は物理学者にとっては「解決済み」のことなので相手にすることはないのです。
結果として、物理学者は重力発電機の構造や効果について何もアイデアを持っていないので、彼ら自身が研究対象とすることもないのです。
遠心力が実在の力ではないということは、実在の物体に何らかの作用を及ぼすことはないと考えられますが、遠心分離機は遠心力を応用した装置であり、遠心分離機の存在も本来物理学的にあり得ないものとされるべきでしょう。現代人が信じる科学にはこのような馬鹿げたことが実はまだたくさん残っているのです。
「どうして遠心力は見かけの力なのか、遠心分離機が実在するなら実在の力にすればいいじゃないか」
ごもっともな意見だと思います。しかし、そうならないのは相対性理論と背反するからなのです。2つの物体A,Bがあるとします。物体Aから見て物体Bは速度vで動いているとすれば、物体Bから見れば物体Aは反対方向に速度vで動いているように観測されます。物体Aと物体Bは相対運動しています。物体Aを基準にした座標系から観測すれば物体Bが動いていることになり、物体Bを基準にした座標系から観測すれば物体Aが動いていることになり、どちらが実際に動いているかはわからないし、その方法もないと考えるのが「相対性原理」というものです。
原理というと絶対に正しいことのような錯覚をしますが、原理とはその時点で証明することが不可能な仮定のことで、その仮定により導かれる結論が観測事実と一致する場合は、その仮定自体も正しいと考えることができるというものです。逆に言えば、仮定が正しくないことを示すには観測事実と一致しない反例を1つ示せば十分です。その場合その仮定は正しくないということになります。
回転に相対性原理を適用すれば、回転している円盤に固定した座標系から見ればその周りが回転していることになり、周りから見れば円盤が回転していることになります。これは地球から太陽を観測すれば太陽が地球の周りを回っているように見える(天動説)し、太陽から見れば地球が太陽の周りを回っているように見える(地動説)ということと基本的に同じことです。相対性原理は太陽が地球の周りを回っているのか、地球が太陽の周りを回っているかはわからないと主張するものであり、天動説を肯定しているものであることがわかると思います。太陽が地球の周りを回っているとすれば、太陽はその軌道を維持できないのは、万有引力の法則の示すところです。相対性原理が正しいとすれば、万有引力の法則が誤っていることになり、万有引力の法則が正しければ相対性原理は誤っていることになります。遠心分離機が実在することも相対性原理が正しくないことを実証する反例です。
が、相対性原理が正しいとする"正統"な物理学では、明らかに実証されている事実である遠心力を見かけの力などとしてねじ曲げてしまっているのです。だから、遠心力は彼らにとって見かけの力でなければならないのです。アインシュタインに関係が深い核爆弾の製造に遠心分離機が使われるというのは皮肉な話です。
実験事実によれば、相対性原理が誤っていることに何ら疑いはありません。どうしてこんなことがアインシュタインにわからなかったのか、その後、百年以上も論理学や数学に秀でた学者達がどうして誤りに気付かないのか不思議ですが、もう眠り続けるのはやめて、そろそろ目を醒ましていただきたいものです。
人類が月に降り立ってから何十年も経ち、数千億円もの巨額な実験装置が作られる現代において、重力発電機のような極めて簡単な構造の実験が人類の文明に計り知れない影響を与える可能性があるというのは文字通り間抜けな話ではありますが、地球環境という自らの命に危険が及ぶなら、いつまでも放置しているわけにはいかないのでしょう。
物理学者がやらないので、私達がやるしかないのです。